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大津地方裁判所 昭和30年(ワ)38号 判決

原告 中江善治郎

被告 村尾寅一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が、大津地方裁判所が昭和二十九年五月十八日付与したる大阪高等裁判所昭和二十七年(ネ)第一〇八号執行力ある判決正本に基き別紙目録〈省略〉記載の物件に対してなした強制執行はこれを許さない。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

(一)  被告は請求の趣旨記載の債務名義に基き昭和二十九年九月四日原告所有の別紙目録記載の物件に対して強制執行をした。

(二)  ところで、右の債務名義たる判決の内容は、原告が被告から賃借していた原告現住家屋の賃料七万二千八百五十八円につき原告にこれが支払を命じたものであるが、原告は右家屋を約四十数年前より賃借し、その間原告において家主の諒解の下に家屋内外の修理、改修、装設備等の造作をなし、これが造作物件の現存価格は金三十万円以上に達するものである。よつて原告は昭和三十年六月二十四日附書面をもつて被告に対し右造作を上叙価格をもつて買取るべきことを請求すると共に右買取代金債権をもつて前記七万二千八百五十八円の家賃金債務と対当額において相殺すべきことの意思表示をした。

(三)  かくして右相殺の結果、本件債務名義の内容たる被告の家賃金債権は消滅に帰し、債務名義もその執行力を失うに至つたのであるから、本件強制執行の不許の裁判を求めるため本訴に及ぶ。

とかように陳述した。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中(イ)被告が原告主張の債務名義に基きその強制執行として別紙目録記載の物件を差押えたこと、(ロ)右債務名義の内容が原告主張の如き延滞家賃金債権であること、及び(ハ)原告主張の如き造作買取請求並びに相殺の通知があつたことはいずれもこれを認めるが、その余は否認する。原告はその賃借家屋について造作と見られるものは何もしていないし、かりに多少の造作をしたとしても、被告の承諾を得ていないものであるからこれが買取請求をなし得べき筋合ではない。原告は右賃料の支払をしなかつたので、被告はこれを理由として家屋の賃貸借契約を解除し、該家屋明渡と右賃料支払請求の訴訟を提起し、原告勝訴の判決があつて、すでに該判決は確定しているにも拘わらず、被告にはこれが履行の意思なく、理由のない異議を主張して遷延策を図つているものに外ならない、と述べた。

理由

被告が原告主張の債務名義に基きその強制執行として原告所有の別紙目録記載の物件を差押えたこと、及び右債務名義たる判決の内容が原告において被告から賃借していた被告現住家屋の家賃金七万二千八百五十八円を被告に支払うべきことを命じたものであることはいずれも当事者間に争いがない。よつて原告の本件異議の当否について考えてみるに、

(一)  原告は右家屋を約四十年前より賃借し来つたもので、その間原告において家屋内外の修理、改修、装設備等の造作をなし、これが現存価格は金三十万円以上に達するので、昭和三十年六月二十四日被告に対して右造作を金三十万円にて買取るべきことを請求すると共に、右買取代金債権三十万円と本件家賃金債務七万二千八百五十八円とを対当額において相殺したから、右相殺によつて本件債務名義の内容たる債務は消滅に帰したものであると主張するのであるが、本件訴状の記載内容と被告の答弁とを綜合した本件口頭弁論の全趣旨に徴すれば、原告のいう家屋の改修装設備等がかりになされたものとしても、それは被告より原告に対する右家賃金請求訴訟の提起せられる以前に行われたものであつて、原告においてこれが買取請求並びに右買取りに基く相殺をしようとすれば右判決の口頭弁論終結前において裕にこれをなし得たことを推知するに足りるところである。而して強制執行の基本たる債務名義が確定判決である場合の請求に干する異議は、その原因が該判決の口頭弁論終結後に生じたときに限り許されるものであるところ、本件の如く異議権の発生原因が造作買取請求及び相殺の如き形成権の行使である場合にあつては、それが右の標準時以後に生じたるや否やを定めるに当つて現実にその権利が行使された時によるべきでなく、右の形成権の発生の時期換言すれば形成権の行使が可能なりや否やによつて定めるのが相当である。蓋し、口頭弁論終結前に右の買取請求権及び相殺権を行使し得たに拘わらずこれを行使せずして判決を確定せしめ、然る後に右の買取請求等の意思表示をなし該判決により確定した請求の存在せざることを理由として執行力の排除を求め得るものとすれば、民事訴訟法第五百四十五条が、口頭弁論終結前に提出することを得べかりし一切の抗弁をその以後において排斥し、判決の確定力をして実質的の価値あらしめんとした同法条の趣旨に背馳する結果を生ずるに至るからである。本件において、原告が上叙債務名義たる判決の口頭弁論終結前右の買取請求及び相殺の意思表示によりその効果を主張し得たであろうことはすでに前段認定のとおりであるから、その後になされた原告の本件買取請求並びに相殺の意思表示は叙上の意味において民事訴訟法第五百四十五条第二項にいう口頭弁論終結後にその原因を生じたものとはいい難く、従つて原告の異議は理由がない。

(二)  のみならず、事実干係の点において、原告が家屋の貸主たる被告に対して買取請求をなし得る如き造作を施したことは被告の否認するところであるに拘わらず、その事実を証すべき何等の証拠がないので、この点からしても原告の本訴請求は排斥を免かれない。

以上説明のとおりであるから、原告の請求を理由なしとして棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫)

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